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交流会 第12回松下幸之助翁を偲ぶ「松翁会」を実施

 松下幸之助が逝去されたのは平成元年4月27日で今年は21年になります。27日は松下幸之助PHP友の会(PHP研究所)の創設者の命日ですが、ご案内のように本年の偲ぶ会の「松翁忌」は、4月3日(土)午前11時からお墓と生誕の碑がある和歌山市千旦で行われました。
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 松翁忌は、数年前から全国PHP友の会も加わっていただき関西地区本部、和歌山PHP友の会の共催により桜の花が咲く4月上旬に実施されています。今年は平成10年第1回が行われてから12回目の松翁忌です。全国PHP友の会の安藤会長も参列され、まず、午前11時から青空に満開の桜がお墓を覆う中で、今年はまず、松下幸之助の哲学の真髄「新しい人間観の提唱」を朗読しました。その後一人ひとり順番に、約30名の会員、「PHP」誌読者、一般の幸之助翁を慕う方々がお線香の香る中でお参りしました。
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 お参りの後は、隣接する生誕の碑のある桜の下で昼食をいただきました。関西地区の会員の他に一般参加の母娘や父子で参加される方、東は埼玉、千葉、名古屋、西は福岡からも出席され松下さんの話に花が咲きます。午後2時からは会場を和歌山市の「ビッグ愛」という公共の施設に移して「偲ぶ会」を実施。主に松翁のビデオ「松下幸之助創業者グラフィティ」を観て在りし日の松翁を偲びました。
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 また、松翁忌では地元和歌山PHP友の会の皆さんによって毎回「一杯のお粥」が振舞われます。その由来は、幸之助がまだ裕福だった幼少の頃、父・正楠が米相場に手を染めて田畑家屋を失いました。夜逃げ同然に家族で荷物を大八車に載せて千旦から和歌山市へ歩いていく途中で、街道脇の農家で休ませてもらったとき、若いお嫁さんが家族に「暖かいお粥」を出して激励されたということです。その「一杯のお粥」を幸之助少年は忘れられないと著書で記されています。

その後、「私の中の松下幸之助」を一人ひとりが述べて、偲ぶ会は午後4時に終え、午前午後を通しての第12回松翁忌は終了しました。有志の方々19名はその後、かごの屋というお店へ移動して、これまた幸之助翁を偲ぶつつ夕食をともにしながら歓談をいたしまて午後6時半に散会しました。
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更新日時: 2010年04月06日 14:21